調査の履歴

2002年から現在にいたるまでの発掘調査でおよそ4000㎡の面積を調査し、 「Vano ヴァーノ」と呼ばれる部屋状の空間を中心に付与してきた区画名の 通し番号は「25」まで増えました。 この間に、これまで調査を続けてきた 大規模な建造物(A群建物)の下から それよりも古いもう一つの大規模建造物(B群建物)が姿を現し始めています。今後はB群建物に調査の主眼を移し、 帝政初期あるいは共和政期のソンマ遺跡の様相を解明していく予定です。

遺跡の変遷

これまでの調査で、ソンマ遺跡には壮麗でモニュメンタルな建造物(A群建物)の下にさらに古いもう一つ別の建造物(B群建物)が存在することが分かってきました。B群建物の創建年代はまだ分かりませんが、最終的に79年のヴェスヴィオ山噴火による罹災で放棄されたのはほぼ確実で、その後2世紀になって改めてA群建物が構築されたと考えられます。A群建物は幾度かの改築と利用形態の変遷を経て、最終的に472年のヴェスヴィオ山噴火による罹災を経て完全に放棄されました。

遺跡紹介パンフレット

UTPSVではこれまでに、 2006年(1版)、2010年(2版)、 2021年(3版)の3回、 遺跡の調査を紹介する パンフレットを作成しています。

 東京大学
 プロジェクト ソンマ・ヴェスヴィアーナ